ごろりと、横になった。
「ほら早くしないと。スクアーロまで風邪引いちゃうわ」
ねぇ、どうして迷うの。何も怖いことなんて無いでしょう?あなたはただあたしを始末するっていう仕事をしに来た殺し屋のハズよ。
「…ッ!ふざけてんじゃねぇぞ、先に死ぬ方は気楽だけどなぁ、こっちは「どうしたの、らしくない」
そう言ったらスクアーロが怒ったようにガッっとあたしの首を掴んだ。あ、その、ひとをころすときスクアーロの瞳、好きよ。
「ひとつきでお願いね。苦しんで死ぬのは嫌いなの」
スクアーロが、ふりかざしていた剣を下ろした。ザク、と鈍い音が聞こえた。剣は、あたしの右横に突き刺さったのだ。首にカスリ傷一つ付かなかった。どうして?いつもひとごろしなんてしているじゃない。職業、でしょう?あたしもだけれど。なのにどうして、そんなふうにはをくいしばって、つらそうなかお、する、のよ。いつの間にか空しか映っていなかったハズの視界は、半分空で半分銀色になっていた。スクアーロがあたしに覆い被さって、腕が首に回ったら、もっともっと銀色が占める。顔が見れないから涙だか汗だか分からないけれど、彼の頬から流れ落ちてあたしの目元に落ちた。でもきっと後者ね。スクアーロが泣くなんて、見たこと無いもの。
「…モスカより先に、あたしを見付けてくれたのね」
「…たりまぇだろぉ、あんなヤツに殺させるかぁ」
優しいね、スクアーロ。変わってない。あたしも、どうせ消されるならスクアーロの手で、の方がいいなぁ。だってこんなしあわせなことってないとおもうのよ。だからねぇ、躊躇しないで頂戴、いつもあたしが怒らせるとぶった斬るって言って怒ったじゃない。
「お前、名前変えろよ」
「スクアーロちょっと痩せた?」
「髪も切って染めろ」
「雰囲気はあんまり変わってないね」
「そんでもっと明るい服着ろよ」
「どれくらい、会ってなかったけ?」
「…なぁ、別人になってでも生きろぉ」
「…それは"あたし"じゃなくなるから嫌よ」
スクアーロが少し顔をあげた。見たこともない、顔をしていた。ほら、早くしないと。もうすぐ夜が明けてしまうわ。
「…この馬鹿がぁ」
スクアーロの唇があたしの唇に重なったのを確かめてから、瞳を閉じた。視界は、真っ黒になった。
ふと、男は左腕を引いた。それは女のけいどうみゃくをきれいにきって、女の口から赤い物がツーっと流れた。それは首からも流れて男の顔にもかかった。白い雪に赤い血がよくはえた。女の顔は、微笑んでいるように見えた。男が唇を離すと、雪は元の白に戻り始めた。それは綺麗なグラデーションかのように、すーっと薄くなっていき、同時に女の体も透けていった。とうとう、彼女は消えてしまった。
浴びた返り血をふくこともせず、俺はただその場に立っていた。消えた。…消えた?確に、もし己にかかった呪いを解こうともがくあの赤ん坊さえいなければが霧の守護者だったかもしれないと言うほど、は強いヤツだった。アイツは、そういうヤツだった。もしかしたらさっきまでここにいたのはではなくの幻影だったのかもしれねぇ。そう思ってしまうほど、アイツはあっけなく消えた。雪もが居た場所だけ積もっていなくていいハズなのに、まるでそこに物体的なものは一つもなかったかのように平らだった。まるで本当に、最初からここには、世界には俺一人しか居なかったみたいに。
足元で音がした。見ると、いつもの着けていたネックレスだった。何故か消えなかった俺に付いた返り血とそのネックレスだけが、"彼女"が確かにここに居たことを物語っていた。そのネックレスーロケットを拾いあげる。中を開くと、一枚の写真が入っていた。「…馬鹿だろぉ。」馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ。こんなモン俺に託したも。そう勝手に思ってる俺も。でもこんな写真肌身離さず着けてたお前はもっと馬鹿だろぉ、。何で、あんな、いつ撮ったかも分からない、昔の、でも俺もも笑って、ただ目標に向かってひたすら修業してた強くなれればそれで良かった学生時代の写真なんて、一番幸せだった時の写真なんて、入れてんだ。そして自分で全てを終わらせた癖にらしくもない涙を流そうとしている俺は、一番馬鹿で愚かでもうどうしようもねぇかもしれない。
矛盾と不思議だけで構成されていたような彼女は、最後まで"彼女自身"だった。けれど、決して彼女は嘘をついたことは無いのだ。だから。
あれからどれくらい経っただろう。あ、死ぬ。そう思った時に、やっぱりの顔が浮かんだ。そうしたら辺りは真っ暗になって何だか軽くなった気がした。まだ、辺りは暗い。急に、誰かに腕を掴まれた気がした。自分の体も見えない癖に、本当に有るか分からない腕だったのに、暖かい誰かの手に掴まれた気がした。まるで、のような。
「久しぶりねスクアーロ」
「…お前」
そのまま落ちたと思ったらそこは人々が想い描くくだらない天国の様な花畑で、俺の目の前に居たのは、やっぱりだった。
「スクアーロったらどんどん先に行っちゃうんだもの。捕まえて良かったわ」
「…おい?」
「以外とこっちに来るの早かったのは残念ね。でもいいわ、だってあたしが18歳でこっちに来たのにスクアーロがむこうで生きすぎてお爺さんになってから来たら嫌だもの」
「…ここは?」
「ここなら歳はとらないしずっと二人で暮らせるね?」
は俺の質問には答えなかった。けれどもう、どうでもいい気がした。コイツは嘘だけは言わないから、二人でここに居られるのだろう。さえ居れば、もう強くならなくても、人を殺さなくても、剣を捨ててもいいなんて思う位、が好きな俺は本当にどうしようもなく馬鹿で愚かで弱い生き物なんだろう。(でも実際どれも捨てられない。を守るために必要なものばかりだから)
ふと、あたり一面に悲鳴が響いた。するとみるみるうちに花畑は無くなりいつの間にか街の中にいた。悲鳴が上がった方を見ると、若い男が女を刺し殺していた。夜のはずなのに、まるでそこだけが違う世界かのように白く霧がかってはっきり見えた。
「あぁ、また通り魔だわ。」
「…何言って、」
「最近物騒なの。でもスクアーロが居てくれれば安心ね」
「おぉい、あの女は…死んだのか?」
「おそらく」
何故だ。だって此処はあの世ではなかったか。俺たちは、しんだからここにいるのではなかったか。「ひとつきでお願いね。苦しんで死ぬのは嫌いなの」あの日、が言った言葉が頭をよぎった。何だ?まるで、死んだことが有るみたいな言い方じゃねぇか。ずっと何かがひっかかっていた気がした。でもそれが何だか、分からなかった。ふしぎな、おんなだった。
「…んで、またしぬ、んだよ?」
声が、震えているかもしれねぇ。情けない、が。なのに何故だ。何故、お前は俺がまるでとてつもなく馬鹿な事を聞いたみたいに、不思議そうな目でみるんだよ。
「ふふ、面白いこと言うのねスクアーロ」
おもしろい?何が?じゃぁココは何処だ。俺たちは、何故ここに、きた?のくちがかたちのよいこをえがいて、それからたのしそうに笑う。何故。有り得ないだろそんなこと。世界が止まったようで、の唇が一つ一つの文字を発する動きだけが、それだけが、見えた。
「だって、あたしたち、いきてるじゃない」
Non esserci
tragedia.
(だからそれは悲劇ではない。もっとも、一度陸にあがってしまった鮫は、もう元には帰れないけれど)
END・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
このお話は多分今まで書いた中で一番時間がかかった気がします。…大した事書いてないのに(汗)
二人とも死んでないんです。だから死にネタじゃないんです。(え)
少し霧がかった不思議な話を書こうとして撃沈ですね。私なりに頑張ったつもりですが…(061227)