"この顔にピン!ときたら110番"とはよく言うし、指名手配犯なら当然通報しなくてはならない。

加えて私も真選組の隊士だし本来なら通報どころか現行犯逮捕しなくちゃいけない、のに。

 

「…大丈夫か?」

 

私は今の状況がまるで理解できていない。

今私は地面に座りこんでいて、目の前には私に手をさしのべている男が、ひとり。

…ここで皆さんに質問です。

@オフの夜、屯所へ帰る途中に襲われた

A人数が多くて思ったより苦戦

Bそこを今目の前に居る男の人が助太刀してくれた

 

…Cその男の顔に、ピン!ときてしまった

 

 …ねェ、コレどうすればいいですか?

 

 

 

 

 

「…桂」

「!」

 

私が呟くと桂は驚いた様な顔をした。

そりゃそうか。いきなり自分の名前を、知らないヤツに呼ばれたら。

というかコイツは馬鹿じゃないのか?

私だって真選組だ。知らない?現場で何度か会ってるのに。

いや言い方が少し違うか、"鉢合わせしてるのに"?

 

というか例え私が真選組だって知らなかったとしても、このご時世に帯刀してる女なんか、助けるなんて。

自ら面倒事に飛込む必要なんて、無いだろうに。

 

 

「…貴様!真選組の…、」

「…」

しばらく私の顔を見てやっと気付いたらしく。

差し出していた手を引っ込めた。私も立ち上がって後ろへ身を引く。

 

もう、お互いが敵だと分かってしまった。

桂にとっても憎き真選組が相手だ。攻撃してくるはず。

グッバイ桂、捕り逃したなんてバレたら総悟が怖いのよ。

心の中でそう呟いて、刀に手をかけようとしたんだけど、次に桂の口から出た以外な言葉に呆気にとられて止まってしまった。

 

 

 

「…私服と隊服では随分雰囲気が違うな」

「…は?」

分からなかったぞ、と付け加えて。

いやいやいや何呑気に言ってんの!?やっぱ馬鹿じゃないの!?

 

「…助けてくれた礼は言うわ、でも」

「止めとけ。その足で俺に勝つにはちと分が悪いぞ」

「!!」

 

見透かされていた。さっきの戦闘で、右足を捻った事。

正直桂の言う通りだ。この状態でやりあって勝てる程、桂という男は弱くない。

 

「…それじゃぁな、気を付けて帰れ」

「…え?」

もう覚悟を決めてやられるか、情けないけど隙を見て逃げるかと考えていたのに、また桂の口から発せられた言葉は以外としか言いようがなくて。

 

「は?え!?ちょっと!!」

「何だ?まだ何か用か?アレか、逆ナンパならお断」

「誰がするかァァァ!!」

 

よく、分からない。この男が何を考えているのか、分からない。

だって私達は敵で、だから、会ってしまったから、闘わなくちゃ、いけないのに。

 

「…何で!私真選組よ?」

「それは知っている」

「し、知ってるって…」

「…貴様は俺にどうして欲しいのだ?」

 

どうして欲しい?いやそういうんじゃなくて、だって私達は敵でー。

あれ?

敵で、でも私はー。

 

「…だから、何で殺さないの?」

「…殺して欲しいのか?」

「いやそうじゃないけど…」

 

路地から出ようとしていた桂は振り向くと私の方に近付いてきた。

ヤバ、思わず言ってしまったけど、満足に戦えない今の私は桂がやろうと思えば間違いなくやられるのに。

…あれ?"やろうと思えば"?

 

「…怪我人相手にそうもいかないだろう。というか、貴様馬鹿だろう」

「な!?何…」

「あの時俺は貴様に気付いていなかった。俺の名さえ呼ばなければ、分からなかっただろうに」

「…」

 

どうやら、桂も馬鹿だが私もそうらしい。

全くだ。

本当、その通り。

 

「私、真選組よ」

「知っている。だが今日は非番だろう?」

 

フ、と笑みを残して立ち去った桂に、私も笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

***

「桂はこの付近にいるぞォォ!!探せェェェ!!」

ちっ、囲まれたか。舌打ちをして、気配を殺して路地を進む。

俺としたことが。

 

「こっちはどうだ!?」

「!」

数人の真選組隊士が近付いてくるのが分かった。

…俺もここまでか。

「!!」

そう思った瞬間、何者かに手を引かれ路地に面した家の中に連れこまれる。

…空き家、だったのか?それにしても誰が−

 

 

「!!貴さ」

「しッ!!」

振り向くとそこにいたのは、あの時の隊士、

 

 

 

 

 

「…言っとくけど、仮を返しに来ただけだからね」

隊士達が去った後、パッっと立ち上がるとそう言った。

俺はそれを見て笑う。

全く、とんだ偶然だ。

 

 

「…いいのか?敵なのに」

「…今日は非番だから、いいの」

 

 

 

 

 

 

(そしてその偶然に、お互い助けられたのだ)