滅多に笑わなかったし、涙を流した記憶もない。
別に何かトラウマがあるわけでもなかったし、家庭が不幸なわけでもなかった。
ただ、知らなかっただけなのだ。
どういう時に笑うものなのか、どんな時に悲しめばよくて、どう思った時怒っていいのか。
昔から一人で居ることが多かったから、ただ知らなかったのだ。
家は広すぎてパパとママは毎日お仕事、使用人の興味は給料のみ。
別に両親が居ない時は冷たいという事もなく普段と変わらず面倒はみてくれたけど、
いつも無表情なあたしでさえ彼女達の笑みは表面に張り付けたものだという事くらい分かっていた。
だから久しぶりにパパが家にお客様を連れてきた時も、
そのお客様がパパの上司であたしと同じくらいの息子を連れてきたからって別に何も思わなかった。
お客様の顔を見た時、ああこの人がキャバッローネのボスか、とは思ったけれど。
直接会った事は無かったけど、前にパパが「これがパパのボスだよ」と写真を見せてくれた事がある。
つまり、連れてきた少年はボスの息子だから、キャバッローネの跡継ぎ。
ちなみに今日ママは相変わらずお仕事で家にはいない。
「、こちらへ来て挨拶しなさい」
「はい、お父様」
とてとてと歩いて近付きワンピースの裾を少し持ち上げてお辞儀をする。
お客様の前ではパパでなくお父様。
そしたらパパの上司はあたしの頭を撫でてくれて「礼儀正しいお嬢さんだ」と誉めた。
普通なら笑顔の一つでも返すのだろうが生憎あたしにはそれが出来ない。
ごめんなさいパパのボスさん。
「無理しなくていいよ。ほらディーノ、お前も挨拶しなさい」
ディーノ、と呼ばれた少年はそれまでうちの家の壁に掛っていた日本製の装飾品を少し珍しそうに見ていたけど、
声をかけられるとこっちを見て「よろしく、お願いします」と言った。
金髪の少年。
キレイな顔立ちだな、とは思ったけど特に他に思うところもなかった。
けれど、一緒に遊ぶとなるとどうしていいか分からない。
パパとパパのボスが「私達は話があるからお前たち外で遊んでなさい」と言ったせいで
あたしは今日初めて会った名前しか知らない少年と遊ばなければならなくなってしまった。
とりあえず外に出たはいいものの何を話せばいいのか。
「なぁ」
「?」
「、って呼んでいいか?」
「…いいよ」
「あ、じゃぁ俺の事も呼び捨てでいいからな!」
うん、と頷くもののそこで会話は終わる。
ごめんね、ディーノ。
パパ達の都合とはいえあたしみたいなのと遊んでも、楽しくないでしょう?
「ん家って広いなー!あ、あの丘みたいなトコ、座っていい?」
「…いいけど、」
あなたの家の方が広いでしょう?と聞こうとして止めた。
だって、ディーノのパパはボスじゃない。
だからあなたの家の方が大きいに決まってる、けど、それを言ってしまったら何か感じ悪いもの。
二人並んで腰を下ろす。
「なぁって何歳?」
「…6歳」
「じゃぁ俺と一緒だな!」
よく、笑う人だなぁ。
あたしとは全然違うや。
何か話題ない?
ほら、早く、何か話さないと、せっかく笑いかけてくれたのに、嫌な思い、させてしまう。
「…俺と遊んでもつまんないよな?ごめんな」
「…え」
暫くの沈黙を破ったのは彼の意外な一言で。
「…俺、ボス候補とか言われてるけど、マフィアになる気なんてこれっぽっちも無いんだ。ドジだし、向いてない」
「…そんなこと、ないと、おもう」
「え?」
今日初めて会ったわけだし、何も知らないけど、なんとなく、そう思った。
きっと、彼には人を惹き付ける何かが有る、と思う。
でもそれを言葉に出来るほどあたしは器用じゃなくて、
さっきの一言しか言えなかったけど、そしたらディーノが「…ありがとな」と言ってあたしの頭を撫でた。
それは何故かあたしを泣きたい気持にさせたけど、涙の流し方が分からない。
…何か、それが少しだけ、悲しい。
「…あたしね、よく"お人形"って言われるの。笑わないし泣かないし、怒らないから気味悪い、って」
何故この事を彼に言ったのかは分からない。
というか今まで誰かに自分から話出すことなど、出来なかったのに。
でもそれでも、ただ、聞いてほしかったのかもしれない。
もちろん人形と言ったのはパパでもママでもなく使用人でもなくたまにパパやママの仕事関係で家に来る子供でもなく、
近所の子供や母親つまり悪い言い方をすれば一般市民だ。
初めて言われた時は少し胸の辺りが痛かった気がするけどもう、慣れた。
ただあたしがそう言われるのを自分達のせいだと責めるパパとママを思うと、もっと胸の辺りが痛かった。
けどあたし自身は大丈夫だから別に話すこともなかったかもしれないけれど、ただなんとなく彼に知ってほしかったのだと思う。
「な!誰だよそんな事言ったの!!」
「え?」
「"人形"ってのはおとなしくて可愛いくて…誉め言葉に使うんだよ。だってそっちの方がに当てはまってる」
彼が、あたしを励まそうとしてくれるのが分かる。
そんなつもりで話したんじゃないのに。
けど彼があたしの為に腹をたててくれて、あたしの為に何かを一生懸命考えてくれた事が、
すごくすごく嬉しかった。
「…あたしもね、笑いたい、と思うけど分からないの」
「?何が?」
「一人で居ることが多かったから、笑い方がよく分からない」
…こんなこと言っても、困らせるだけなのにね。
けど、自惚れかもしれないし他力本願すぎかもしれないけど、
ディーノになら少しだけ素直に思ってること、言えそうな気がしたの。
分かってくれそうな、気がした。
「…そっか。よし!じゃぁ俺が教えてやるよ!」
「…え、」
「笑い方、泣き方、怒り方、他にも色々、俺がに教えてやる!」
「ど、どうやって…?」
「とにかくいろんな事経験するんだ!外に出たり、今までしたことなかった事挑戦したり、とにかく遊ぶこと!!」
ほら、と言ってあたしに手を差し出してくれた時のディーノは金髪だから太陽に照らされて只でさえキラキラ眩しいのに、
もっともっと、目が開けてられないくらい眩しかった。
「とりあえず、一回親父達のトコ行こうぜ!」
そう言って走りだし…たけど、数メートル走ったところで石につまづいて、ディーノがよろけた。
彼があたしの手を引くものだからあたしも一緒になって転ぶ。
「わ、悪ぃ!大丈夫か…!!」
「だ、大丈夫…」
「…、やっぱり笑ってた方が、かわいいな」
「…え?」
「…見てくださいボス、が笑ってます」
「本当だ。ディーノでも役にたてたみたいだな」
「そんな滅相もない!…ありがとうございます」
「かまわんよ、私が会わせたかっただけなのだから」
や
ん
ち
ゃ
でもそんなあなたに、救われたんだ)
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ディーノさんお題夢2つ目です!
6歳の癖に大人びてますね…。
でも幼い頃から周りが大人ばかりだと多少は…(汗
両親がマフィアだと子も大変ですねという話です(違)
(070105)