勤務時間30分前にはローカー室は込み、お昼になれば食堂が賑やかになる。それは誰が決めた訳でもないけれど、自然とそうなるのが当たり前となっていて。そこに行けば、誰かに会える。それは仲間だったり恋人だったり、あるいは想い人であったり。

 

 

三階の一番右端にある談話ラウンジ。勤務時間が終わると必ずここへ来る一人の女がいる。名を、。第五部隊に所属する数少ない女特刑で、一緒に暮らしている諜報課所属の弟を待つ為に、毎日必ずここへ来るのだ。これも彼女にとっては"当たり前"であり"自然"であって。女の特刑が少ないというのもあるが、は容姿もよく愛想もいいし、誰にでも優しいため結構人気なのだ。つまり、彼女と二人きりになりたければここへ来れば良いわけで。

 

「…なのに、どうして副隊長がいるんです?」

「…こっちの台詞だよ、上條」

 

そう、二人ともに会いに来たというのに肝心のがいないのだ。今日に限って。確かには非番ではないはずだし、朝も昼も見掛けている。なのに、何故。

 

「どうしたんだろうね、ちゃん」

「さあ…残業でもあるんじゃないですか?」

 

よりによってこの人と一緒だなんて、と二人して心の中で呟く。ここへ来たということは、相手もに好意を抱いているのだろう。…なかなかの強敵だ。式部にしてみればがいまだ自分の事を"副隊長"と呼んでいるのに対し、上條の事は普通に名前で呼んでいる事に少々焦っているし、上條にしてみれば心なしか自分と話している時より式部と話している時の方がこう…目がキラキラしているというか、とにかくそれに特別なものを感じていて。だから、お互い早く気持ちを伝えようとやって来たのに。本人はいないし、何故二人してそれが"今日"になったのか、それが思ったより嫌でどうしたものかと溜め息を吐いた。唯一、まだ恋敵が告白していない事は分かったけれど。

 

「…上條ってちゃんのこと好きなの?」

「…何故そんなこと聞くんですか?」

 

質問に質問で返され、内心ムッときた式部。お互い顔だけは笑っているが。

 

「さぁ?僕がちゃんのこと、好きだからかな」

「……」

 

ならば、と公言してみれば一瞬上條の笑顔が歪む。

 

「…偶然ですね、僕も好きなんですよ?のこと」

 

あえて呼び捨てで名前を付け足すあたり上條も挑戦的。ここで会った時点でそんなこと分かっているのにわざわざ言葉にするなんて馬鹿げている、けれど駄目なのだ。このなんともいえない雰囲気のせいで、そうせざるを得なかったのだ。

 

 

 

一方そんな式部と上條を、呆れながら見ている者達がいた。ラウンジとは反対の棟の5階の廊下。窓に肘をついて二人を観察する柏原と、腕組みをして溜め息を吐く蘭美。

 

「…なにしてんだか、あの二人」

「あーもう!見てるだけでイライラするっての!早く告っちゃえばいいのに」

「ねー…って誰が?」

 

その後ろで慈乃と綾寧が「…鈍っ」と呟いたとか呟いていないとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから1時間程経ち、もう今日はは来ないのではないかという事でラウンジを去った式部と上條。式部は溜め息を吐きながら車へと向かっていた。本日何度目の溜め息か分からない。情けない。よりによってあの上條がライバルだとは。それでも「は僕がもらうから」なんて強気な発言など出来る訳もなく。だってが自分をそういう意味で好いてくれているなんて思えない。自信がないのと、怖いのと。これかどっかの総隊長なら強気に攻めるんだろうな、なんてどうでもいい事まで考えた。…考えて、廊下の角を曲がった瞬間ー

 

「!」

「っ!?」

 

ドン、という音と共に誰かとぶつかった。

 

「…ごめんなさ、」

「!…ちゃん」

「え?あ、副隊長…」

 

 

 

「…すみません」

「大丈夫だよ、僕も悪かったし、気にしないで?」

 

手を差しのべるとおずおずと手を重ねられる。そのまま引っ張って起こしてやれば申し訳なさそうに頭を下げた。立場上そういう態度は当たり前なのかもしれないがもし助けたのが自分でなく上條だったなら、などと、またどうしようもない事が頭をよぎる。…敬語一つに、心が乱される。

 

「…今から帰り?くんは?」

「!はい、今日は残業みたいで…遅くなるから友達の家に泊まる、って」

 

だからラウンジに来なかったの?なんて聞けるはずもなく。

 

「…ちゃん、電車で帰ってるんだっけ?」

「?はい、そうですけど…」

「じゃあ、送るよ」

 

一人じゃ危ないから、と理由をつけて。

 

「え?!いや、でも…」

「僕が送りたいだけだから、ね?」

 

そう言って笑いかければ「じゃあ…」とも笑って返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結構暗いね」

「はい…」

 

人通りも少なく、送って正解だったなと思った。…けれど一つ困った事が。助手席に座ったの口数が、明らかに少ないのだ。信号待ちで止まればそこには沈黙しかなくて。

 

「気分でも悪い?大丈夫?」

 

車酔いかな?と心配して声をかけたのだがそれがかえって逆効果になるだなんて想像もしなくて。

 

「!だ、大丈夫です!ただちょっと緊張しちゃって…」

「え?」

「…あ、」

 

そう、それから全く会話が無くなってしまったのだ。緊張する?どうして?相手が"副隊長"だから?それとも…。ちら、と視線を横に移せばうつ向いてしまっているの姿が。ほんのり頬が赤く染まっているように見えたのは、きっと前の車のブレーキランプが反射したんだ、といい聞かせて。

 

「…あ、ここでいいです」

 

沈黙を破ったのは以外にもで。

 

「!うん」

 

答えて、車をその建物の横に着ける。

 

「ありがとうございました。また明日、」

 

そう言ってシートベルトを外し、ドアロックに手をかけたの腕を、反射的に式部が掴んだ。

 

「!副隊ちょ、」

 

近付いてきた顔に驚く暇もなく、軽く、でもしっかりと押し付けられた唇。逃げようにも後頭部はサイドガラスに当たってしまって動けない。…否、逃げようと思わなかったのかも、しれない。

 

「…っ、」

「…ごめん」

 

唇が離れても、まだ熱い。掴まれたままの、腕も熱い。なのに。

 

「…ごめん」

「……」

「でも僕、ちゃんのこと、好きなんだ」

「え…?」

 

なのに、その言葉を聞いたとたんその腕は離されて。無理矢理してごめんね、と困ったように笑う顔が遠ざかっていった。

 

「…また明日、」

「何で謝るんですか」

「え、っ!」

 

次に驚いたのは式部の方で。離したはずの距離はいつの間にか縮まって、目の前にの顔があった。そして、唇に柔らかい熱ー。

 

「何で私には言わせてくれないんですか」

「え、」

「私も、副隊長の事が好きなのに」

 

そう言ってまたうつ向いてしまった顔が真っ赤だったのは、多分気のせいでも見間違いでもない。だって前後に車なんていないし、月明かりしか照明は無いのだから。

 

「…本当?」

「…本当です…って、きゃ?!」

「…どうしよう、凄く嬉しい」

「!」

 

引き寄せて、思いきり抱き締めた。

しばらくすると少し遠慮がちに背に腕が回ってきた。

 

 

 

 

 

 

「…あー、どうしよう」

「?」

「…離したくない」

「!」

 

お互いの心音が伝わってくる。それがこんなにも心地好い事だなんて、今日まで知らなかった。

 

 

 

 

 

「…じゃあ、家寄って行きますか?」

 

再び驚いて力を緩めれば、頬が赤いまま照れた様に笑うの顔が見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝式部のことを"清寿"と呼ぶを見て、様々な噂が立ち多くの者が泣いたとか。

 

 

 

真実は二人だけの秘密

 

 

 

 

END・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

というわけで、リクして下さった恋華様に捧げます!

遅くなってしまって本当にごめんなさい。建物の構造もよく分からないので捏造です…;;

そしてこれVSになってるんでしょうか…;;(え)

すみませんこんなものですが少しでも楽しんで頂ければ嬉しいです。

では、ありがとうございました!

ローズドロップス/秋山美雨羅  (070527)